IT投資マネジメント講座 第4回:“もはやITに戦略的価値はない”とは?!

前回・第3回では、“ITは本当に価値をもたらしているのか!?”をめぐる論争である「生産性パラドックス」についてふれました。そして、生産性パラドックスを巡る論争は、ITを競争力強化につなげるためには、マネジメントの変革と一体でIT投資を行うべきである、との結論で合意を得つつあると締めくくりました。
今回は、「経営におけるITの役割は低下している」との主張を紹介します。その主張への反論を通じて、経営におけるITの役割を探っていきます。

1.ITは、コモディティ(日用品)である!?
米国におけるITバブルがはじけた時期である2003年5月、「もはやITに戦略的価値はない! 原題:IT doesn’t matter.」と題する論文が“Harvard Business Review”誌に発表され大激論になりました。
少し長文ですが、その見出しを引用します。


『ITはその能力が向上し、ユビキタス性が強まるにつれ、皮肉にも、その戦略的重要性は薄れつつある。歴史が示すとおり、ITも鉄道や電力と同じくつまるところ、インフラ技術でしかなく、今やコモディティ(日用品)化しつつある。』(ニコラス・G・カー:2004年3月、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー)


米国のITバブルがはじけた後の時期であったため、多くの経営者の共感を得た一方で、「でたらめだ!」(マイクロソフトCEO、スティーブ・バルマー)、「完全に間違っている」(ヒューレット・パッカードCEO(当時)、カーリー・フィオリーナ)など感情的とも言える反論も繰り広げられました。バルマーの言うように“でたらめ”であれば、反論は必要ありません。過剰とも言える反論は、経営におけるITの役割についてはっきりとした合意が出来ていないことのあらわれと言えるでしょう。
G.カーによれば、20世紀の初め、電気が蒸気機関に変わる新たな動力源として登場し始めたころ、企業の中に「電気担当副社長」がこぞって設置されたとのことです。ところが、現在、電気担当副社長なる役職をおいている企業は皆無でしょう。ITにおいても、CIO(情報担当役員)が今日もてはやされているが、電気担当副社長と同じ道をたどるだろう・・・。
ところで・・・・、みなさんはこの主張にどう反論しますか?

2.専有技術からインフラ技術へ
わたしは、この主張の中に経営活動におけるITの役割を明確にする重要な視点が述べられていると思っています。かつて、SIS(戦略的情報システム)が注目された頃、情報技術(IT)はライバルに対して優位に立つために活用できる専有技術でした。ところが今日では、インターネットに示されるように、競争に参加するすべての企業が共有できるインフラ技術へと姿を変えています。経営におけるITの役割は変化したのです。そのため、新技術を導入して競争上の優位を実現したとしても、簡単に他社に模倣され、競争優位は一時的なものに終わってしまいます。
競争戦略で有名なマイケルE.ポーターは、「戦略の本質は変わらない」と題して、経営におけるITの役割を以下のように書いています。


『インターネットの本質はイネーブリング(ある物事を可能にする手段としての)技術である。インターネットの活用は、オペレーション上での独自の競争優位もたらすことなく、産業全体の収益性を弱める傾向を持つ。それ故、これまで以上に差別化を図る戦略が必要となっている。インターネットは従来の競争手法を補完するものであり、そうふるまう企業が勝利を手にする。』(マイケルE.ポーター:2001年5月、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー)


ITを効果的に活用し経営革新、競合他社との戦略的優位性を実現することは、私たちITコーディネータがめざすものであり、多くの読者の皆さんも同じように考えられていると思います。しかし、マクロ経済的に見るとIT投資額の増加にもかかわらず、GDP(国内総生産)は伸びておらず、企業の生産性もさほど向上していないといえます。このような認識から、”IT投資は、企業の業績向上に結びついていない”、”IT投資は過剰であった”と声高に叫ばれるようになり、ITマネジメントの中心課題は、「不良IT資産を生み出さないことだ。」とまでの主張が生まれています。
このような主張は正しいでしょうか?

3.ITの継続的マネジメント
G.カーやポーターの見解は、経営におけるIT(あるいは、インターネット)の役割の一側面だけを強調した意見に他なりません。極論すると、ITは専有技術ではなくインフラ技術(共有技術)であると述べているだけです。この点は同意できますね。
問題はその先です。インフラ技術であるが故に、その活用能力の差が競争力の差として現れます。導入したITをどのように活用するかによって、企業の競争力の差は確実に生まれるのです。IT投資による効果は、短期的なものではなく漸進的に現れるものです。IT投資で競争優位を実現している企業は、最新のITを導入している企業ではなく、ITを活用する企業スキルの蓄積に向け継続的に投資している企業に他なりません。
ITに対する継続的な投資を実行し、そこから継続的に効果を生み出すためには、IT投資に対する継続的なマネジメントが必要です。今日のITはインフラ技術としての側面を強めていますが、便益が限定される日用品(コモディティ)とは異なり、活用方法により効果は大きく変化します。IT投資に対するマネジメントの差が、競争力の差をもたらすのです。
この続きは、次回に書くことにします。

注:ITC近畿会Webサイトから転載 2008/7/30
http://itckinki.jp/article.php/20080727231705172?query=IT%E6%8A%95%E8%B3%87%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88