IT投資マネジメント講座 第5回:IT投資評価からIT投資マネジメントへ

本シリーズも、第5回目を迎えました。今回のテーマは、「IT投資マネジメント」という考え方についてです。IT投資マネジメントを一言で定義すると「IT投資の計画・意思決定・事後評価の全体プロセスを効果的に管理することを通じて投資効果を生もうとするマネジメント手法」です。IT投資の経済性評価の精緻化を求めるのではなく、IT投資効果を最大にするためのマネジメントのあり方に着目する考え方です。

1.経済性評価の限界
このような考えが登場してきた背景は、投資対効果の経済性評価だけではIT投資を評価できなくなったという時代的な環境変化があります。 「このコンピュータを買うと、いくら儲かるか?」という問いは、コンピュータが個別業務を対象とし、しかも省力化を目的としていた時代には有効でしたが、今日においては有効ではないと言うことです。いくつか例を挙げて説明します。
(1) 企業が新規事業を立ち上げる目的でIT投資を実行した場合、その成否はIT投資効果だけにとどまらず、その事業の成否で評価されることになります。
(2) 情報漏洩対策のためのセキュリティ機器への投資評価はどのように行うべきでしょうか。情報漏洩による企業が被るであろう損失を予防したとして、その効果は評価されることになるでしょう。
(3) 企業のネットワークインフラ増強投資の場合は・・・。
(4) ここ数年続けられてきた内部統制強化のためのIT投資の効果はどのように測定されるべきか。
このようにIT投資の目的は多様化しており、効果の現れ方も多様化しています。このように書くと、投資の経済性評価は不要であると言っているように誤解を受けますが、企業の投資である以上、効果が明確でないような投資は存在しません。投資効果を単純に、コストの削減としてあらわされるものではなく、投資効果に対する多面的な評価が必要とされているのです。IT投資の目的と内容に対応した多面的な投資評価を行いつつ、企業として最大の投資効果をもたらすIT投資が求められているのです。

2.IT投資マネジメントの目的
それでは、最大の投資効果をもたらすIT投資とは何でしょうか。それを一言で表現すると、その企業の戦略に合致したIT投資を行うことに他なりません。日本企業は米国に比べ、省力化・効率化分野へのIT投資は多いが、売上増などの効果を求めるIT投資は少ないと言われてきました。確かに、省力化・効率化分野へのIT投資は、効果が明確で測定しやすいでしょう。しかし、そのIT投資が企業の戦略にどのように貢献したかと考えると、答えは容易ではありません。企業が競争優位を獲得するために、どのような戦略を採用するか、その戦略を実現するためにはどのような分野へIT投資を行うべきか、それを意思決定することが必要なのです。ここでは戦略的な投資効果を測定する方法が求められてきます。

図1 IT投資の目的と選択基準
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このように整理していくと、IT投資マネジメントで検討すべき項目が明確になってきます。以下の4点に整理できます。
(1) IT投資評価について、複数の基準の投資評価法が必要である。
(2) 複数のIT投資目的、多様なIT投資評価方法、これらを統一的に評価することが必要である。
(3) これらを統合するのは戦略への方向付けである。
(4) 投資効果について、個々のIT投資の投資効果を問題にするのではなく、当初の戦略目標がどのように達成できたかで評価する。

3.採算性の評価から戦略への貢献へ
IT投資マネジメントについて、再度まとめてみましょう。それは、IT投資効果を最大にするためのIT投資に関するマネジメントのあり方を問うています。
先に紹介した生産性パラドックスを巡る論争は、IT投資効果を生むためにはIT投資に対する適切なマネジメントが不可欠という点を明らかにしました。「ITにもはや戦略的価値はない」との主張に対しては、「ITはコモディティとして安価に入手できるようになった」という点には同意しつつも、ITの活用能力の差が企業の競争力の源泉になると反論してきました。
従来の投資評価は、個別投資案件ごとの採算性評価によりその成否が判断されてきました。IT投資マネジメントでは、個別の採算性計算ではなく個々の施策が全体として企業の戦略にいかに貢献したかで評価します。

図2 従来のIT投資評価と戦略的IT投資マネジメントの比較
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今日、多くの企業では複数のIT投資案件が並行して実行されています。また、新規投資だけでなく、保守費用は新規開発を上回る金額に達しています。これらは、ばらばらに実行されるのではなく、企業として最大のアウトプットを実現するためにIT投資を計画、意思決定、事後評価することが問われているのです。

注:ITC近畿会Webサイトから転載 2008/10/30
http://itckinki.jp/article.php/20081028fujiwara05?query=IT%E6%8A%95%E8%B3%87%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88