研究期間:2017年4月~2021年3月
注:本研究は、文部科学省(独立行政法人日本学術振興会)の科研費(17K03883、代表:藤原正樹)の助成を得たものである。

共同研究者:京都情報大学院大学 藤原正樹
兵庫県立大学 有馬昌宏
新潟食料農業大学 高力美由紀

1.研究開始当初の背景
本研究は、平成25年度~27年度の研究:東北復興支援eビジネスモデルの創出(基盤研究(c)研究代表者:藤原正樹)を継承した研究である。先の研究において、以下の3点を明らかにしてきた。
(1)東日本大震災被災地中小企業の復興においては、首都圏など大消費地を販売先とすることが必要である。消費地としての東北は市場規模として限界がある。
(2)商品開発力やマーケティング力が乏しい被災地の中小企業が単独で一般消費者向け市場開拓に取り組むことは限界がある。被災地の企業と消費地の企業が連携し、商品開発などを伴いながら新市場開拓を行う方策の有効性が高い。
(3)被災地には復興に向けた強い志(こころざし)を有する企業が多く存在し、それに共感する全国消費地の企業・一般消費者も存在している。
他方、被災地の中小企業においては、震災前の販売先との取引が復活できない現状を踏まえて、新たな販路開拓に向けた取り組みが行われている。これらを組織的な取り組みへと発展させる目的で、先の研究では被災地企業と消費地の企業・一般消費者をつなぐ「東日本大震災復興支援BtoBtoC取引所」を構想し、全国の消費者向けアンケートなどを通じて、その有効性を検証してきた。その結果、この取引所に対する一般消費者の支持は高いが、その実現に向けては取引所の運営主体形成など多くの克服すべき課題があることを示した。とりわけ重要な課題は、被災地中小企業経営者の復興に向けた志(こころざし)の共有である。志を共有しながらビジネスとして継続していくためには、被災地と全国の消費地をつなぐビジネス・プラットフォームが必要であり、被災地と全国消費地の時間と場所を越えた継続的な交流の場の創出が求められている。

2.研究の目的
本研究の目的は、被災地中小企業の復興に向けた志(こころざし)を共有し、ビジネスとして継続していく仕組みを構想し、その設立と運用における課題とその対応策を示していくことである。我々はその取引所を「東北復興ビジネス・プラットフォーム」と命名し、その実現の道筋を理論と実証データで示していく。具体的には以下の3点を設定した。
(1) 東日本大震災被災地中小企業と全国の消費地企業が、継続的に取引を行う「東北復興ビジネス・プラットフォーム」の具体的内容を提案し、有効性と実現可能性を全国の企業・団体および一般消費者を対象とした調査データによる実証的方法に基づいて示す。
(2) 中小企業のプラットフォーム・ビジネス成功事例を調査し、中小企業のプラットフォーム・ビジネスの成功要因を明確にする。
(3) 被災地企業の復興に向けた志(こころざし)をもとにした取引企業間の信頼関係や企業と消費者との間の絆がどのように構築され、強化されていくかを理論的に整理し、志(こころざし)や絆の大きさを、コンジョイント分析やCVM(仮想市場評価法)などの定量評価の手法を適用して定量的評価を示す。

3.研究の方法

本研究では、実証的な研究方法に基づき、東北復興ビジネス・プラットフォームを構想する方向を研究した。具体的には、①既存の文献による先行研究調査、②被災地中小企業、および消費地企業へのヒアリング、③プラットフォーム・ビジネス実施企業の調査、の三点を軸に研究を進めた。

初年度においては、①では、エクイティ文化とプラットフォーム・ビジネスに関連する基本的文献の調査と理論的な検討を行った。②では、プラットフォーム・ビジネス企業団体事例研究として、京都試作ネット、京都試作産業プラットフォームを運営する京都試作センター株式会社へのヒアリングを実施した。また、宮城県の株式会社GRAの新産業育成に向けた取り組み事例の調査を実施した。③では、宮城県南三陸町の水産加工業である株式会社ヤマウチとの共同プロジェクトを構築し、新たな水産加工品の商品開発と販路開拓に向けた取り組みを行った。また、これらの研究成果に関する2回の学会発表を実施した。

2年目の平成30年度においては、①では、昨年度に引き続き、エクイティ文化とプラットフォーム・ビジネスに関連する基本的文献の調査と理論的な検討を行った。②では、宮城県東松島市の「松島農商福連携ネットワーク」による高級牡蠣のブランディング化の取り組みを継続調査した。産業技術総合研究所が中心となって取り組まれた「おらほのカキ市場」について調査を行った。また、全国での取り組みとして、震災復興プラットフォーム:東の食の会、熊本市:みなみあそ村へのヒアリングを実施した。③では、これまでの研究で検討してきた「東日本大震災復興支援BtoBtoC取引所」を再評価し、東北復興ビジネス・プラットフォームのビジネスモデル検討を行った。研究成果報告では、共同研究者3名が合計5件の学会発表等を行い、中間報告としての研究成果を報告した。

3年目の平成31年度(令和元年度)においては、②では、東日本大震災から9年がたった被災地の復興状況について、宮城県沿岸部の水産加工中小企業にヒアリングを行った。また、「東北復興ビジネス・プラットフォーム」に関する評価を確認した。さらに、構想した「東北復興ビジネス・プラットフォーム」の有効性を評価するための全国一般消費者向けのWebアンケート調査を実施した。2020年1月23日~2月24日までの間実施し、全国の都道府県18歳以上で4690サンプルからの回答を得た。

研究の最終年度である令和2年度においては、「東日本大震災復興支援に向けた生活者向けアンケート」の分析評価とその成果の学会等での発表を行った。

4.研究成果
本研究の目的は、「東北復興ビジネス・プラットフォーム」の設立と運用における課題とその対応策を示していくことであった。
本研究の第1の成果は、エクイティ文化の醸成がこのビジネス・プラットフォームの運営において重要な役割を果たすことを示したことである。被災地中小企業経営者の復興に向けた志(こころざし)の共有をプラットフォームの成功要因として掲げていたが、その共有方法については示すことが出来なかった。本研究ではその共感を継続・拡大していくために、被災地と消費地をつなぐエクイティ文化の醸成が重要な役割を果たすことを示した。
本研究の第2の成果は、エクイティ文化の醸成を定量的に評価する手法を形成したことである。エクイティ文化は、ソーシャル・キャピタル(Social capital)の発展形としての一形態であると考えられる。感情的資産(Emotional Equity)も含めて地域の関係者間の信頼関係醸成に重要な影響を及ぼし、エンジェルとしての投資やアドバイザーとしての支援などの形態での積極的関与をもたらすと考えられる概念である。本研究では、ソーシャル・キャピタルの構成要素を参照しつつ、エクイティ文化の個人レベルの醸成度を定量的に把握する方法を生み出した。
本研究第3の成果は、エクイティ文化の高さが被災地の復興支援意識の高さ(志への共感)へとつながる関係を示した点である。エクイティ文化の醸成度が高い一般生活者は、被災地中小企業経営者の復興に向けた志(こころざし)へ高い共感を示したことである。
2020年1月23日~2月24日までの間実施した一般消費者向けWebアンケート調査において、エクイティ文化と被災地復興支援意識を分析した。表1に、復興産品認証マーク付き産品購入意識(購入と非購入)、被災地産品の情報取得のためのQRコード読取意向(読取と非読取)、コミュニティ取引サイトへの関心(関心と無関心)、プレミアム(上乗せ)価格の受容意識(受容と非需要)について、JMP(Ver.14)を利用して名義ロジスティック回帰分析を適用した結果を示す。
表 名義ロジスティック回帰分析結果

(**と*はそれそれ1%有意水準と5%有意水準で有意を示す)

図 被災地産品購入の意識および実態とその変化

これらの結果から、エクイティ文化の醸成が被災地支援意識に大きな影響を及ぼしていることが確認できた。
本研究では、ウェブ調査による表明選好データによる分析ではあるものの、バーチャルなインターネット上の空間で志を媒介にエクイティ文化の醸成度の高い一般消費者に認証マーク等を使って働きかけることで、東北復興ビジネス・プラットフォームの実現の可能性があることを示した。
本研究の成果は、東日本大震災に限らず,他の災害からの復興や新型コロナウィルス感染拡大防止のための自粛で疲弊している事業者の支援にも適用可能であると考えられる。被災者への義捐金・給付金や被災事業者への復興支援のための助成金に加えて、復興に取り組む事業者と想いや志を同じくする消費地の事業者や一般消費者のバーチャル空間での支援は有用で効果的であり、本研究をさらに深化させていきたい。

<引用文献>
(1)藤原正樹・有馬昌宏・高力美由紀,『東北復興支援eビジネスモデルの構想』,宮城大学事業構想学部藤原正樹研究室 (コンテン堂 から 電子出版), 2017
(2)今井 賢一・ 国領二郎 『 プラットフォーム・ビジネスオープン・アーキテクチャー時代のストラティジック・ビ ジョン 』 情報通信総合研究所 1994
(3)根来龍之, 『プラットフォーム・ビジネス最前線: 26 の分野を図解とデータで徹底解剖』 翔泳社 2013
(4)小門裕幸,「シリコンバレー・ベンチャー 成功の仕組みとエクイティ・カルチャー」,国民生活金融公庫総合研究所『調査季報』, 2001 年 5 月, pp. 21-43 2001
(5)榎並利博,「 地域における IT 活用とエクイティ文化地域経済の活性化から見えてくる IT 活用と文化の関係 」 経営情報学会 2012 年秋期全国研究発表大会予稿集
(6)榎並利博,「 地域イノベーションとエクイティ文化 」,文化経済学,第 14 巻第 1 号 pp. 6-11 2017
(7)稲葉陽二 『ソーシャル・キャピタル入門』 中央公論新社 2011
(8)内閣府国民生活局,『 ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて 』, https://www.npohomepage.go.jp/toukei/2009izen chousa/2009izensonota/2002social capital 2003
(9)Saito M, Kondo N, Aida J, Kawachi I, Oyama S,Ojima T, Kondo K , Development of an instrumentfor community level health related social capitalamong Japanese older people: The JAGESProject ,” Journal of Epidemiology, Vol 27, Issue 5,pp. 221-22 7, 2017

【関連論文・学会報告】
高力美由紀「震災復興における「ビジネス・プラットフォーム」の形成」地域活性学会,地域活性研究2019年
Masaki Fujiwara, Masahiro Arima The Potential Role of Equity Culture in Tohoku Reconstruction, Proceedings of APCIM( Asia Pacific Conference on Information Management)2020
有馬昌宏「エクイティ文化が東北復興支援に果たす役割の可能性」,文化経済学会年次大会,2020年
有馬 昌宏、藤原 正樹「エクイティ文化とICTによる 大規模災害被災地中小企業の支援の可能性」,日本情報経営学会第80回大会,2020年
有馬 昌宏、藤原 正樹、高力 美由紀「エクイティ文化とICTによる 大規模災害被災地中小企業の支援の可能性」,経営情報学会2020年全国研究発表大会